経理以外経理じゃないの

化学製品の独特の匂いが私の醜い鼻を突く。

福島市内某工場の総務担当の求人があり、面接を受けてきた次第だ。

黒色の軽自動車が、警備員詰所をの前を華麗にスルー

するも、行く当てもなく詰所の警備員に私は問う。

「私は何処に行くべきカ?」


「初めて来る人は分からないでそのまま行っちゃう方が多いですね」

なんてフォローを受けるも、何の為だろうか。


所定の場所に車を停めると、お年を召したおばちゃまが面接会場へと私を誘った。あなたも私のお母さんなの?

ややもすれば暫くは待たされるのかなと思っていましたが、私が待たせていたようでした。面目ない。時間丁度じゃダメですか?

私を取り囲んだのは割と責任ある立場の方々のようで、人柄の良さそうなおっちゃん3人と若そうに見える華奢な女性が一人。経理担当と言うから入社した暁には私はこの人に蝋燭でも垂らされるのだろう。

いつだって自己紹介から面接は始まります。いつもながら私は名前と現在勤めている勤務先、仕事内容、ぐらいしか言うことがなかった。

小気味良い粋な自己紹介のひとつやふたつでも君は考えておくべきだね。

「大学時代に打ち込んだことはなんでしょう?」

何もしてないよね、ほぼ引きこもってたんだから。今度からは言おうかな、家の都合から公明党の支持を受け公明党の見解を広めるべく学生運動に従事していました、とでも。

或いは、医師の仕事に興味があったので身分を偽って国境なき医師団に潜入し、アフリカで現地民の紛争に巻き込まられ敢えなく命を散らしました、などと。

「自分が過ごした大学の良かった点と悪かった点を教えてください」

などと相手が申すものだから「???」ウチのものにそんなのがあったのか?都心の一頭地なので景色が良かったです、などとアホな返答をした。新築で校舎が綺麗でした!なんて本旨とズレズレなのは知っているが。

…まぁその質問を想定していればちゃんと答えられたかも知れない。想定外の質問にどう答えるか、で有能か無能か、、どうかも関わらず私は無能だ。ポンコツだ。若さを理由にポンコツでもなんとかなったが残された今はポンコツだけだ。

「一人暮らししたことありますか、年収は?」

一問一答だ。語るには及ぶまいよ、今夜はダイナまい。

乙「現在では経理と人事を担当していると言うことですが、どれぐらいの割合で?」

甲「人事と言っても社員情報入力ぐらいのもんで、およそ海対陸の面積割合ぐらいのものかと。」

乙「経理というのは?」

甲「現金管理、出納帳作成に占めます時間割合は〜」

顔を見合わせ、くすりくすりと彼らから失笑が盛れた。どうやら私がおかしなことを言ったようだ。

↓はいここ大事、テスト頻出。

世間一般に言う経理とは簿記で言うところの仕訳や精算表の作成にあるようで、小口現金管理…などかは総務や人事…等にあたるらしい。

私が日頃から経理をしていると思っていたそれは経理ではなかったのだ。アイデンティティの崩壊だ。ソ連が崩壊したのは西暦1991年のことだ。ロシアは依然として強国だが、まぁ社会主義陣営が崩壊したぐらいでは実際社会に影響はないか?かつては核戦争の片棒を担いでいたと言うのに呆気ない終わりだ。今回の私のアイデンティティの崩壊も、影響はそんなにないかも知れない。インパクトこそ大きけれど。

私は今まで何をして来たのだろうか、、経理と総務を担当してきたつもりだけど、実際総務だけでした。総務ってなんだよ、誰にも出来るやん。思っていたよりスッカスカの我が経歴でした。


程なくして面接は終わり、私は会場の呪縛から解放されて帰路につく。阿武隈川を超える橋に差し掛かったところで私は思う。

この社会は健康だ、首吊り死体が橋に架かっていることなんてまずないし、周りには自殺者もほぼ聞かない。何ごとも大してうまくもいかない世の中で、死んでしまった方が楽だといつも思うが、それを実行に移す人は僅かだ。

不自由な世の中でみんな、どうをこうして生きてるのだな、生きてるだけで素晴らしいね。

それでも私は早々と死んでしまいたいね、もしくは宇宙船に乗り込んで宇宙の果てまで片道切符の宇宙旅行なんて方が良いかも知れない。今日も重力が重い。


高校の脇に差し掛かり、マネージャーがノッカーにボールを手渡している。その姿は青春だ。バチンバチンと、ボールの弾む音がする。

ほんの数メートル先の出来事なのに今では途方もない距離だ。レッツゴー私の宇宙船。その先に今までとは違う明日があると信じて

ってな具合。